最近、1番下の妹が親に絵を描いたはがきを定期的に送っているのを知りました
そこには毎度、感謝の言葉やこれからもよろしくねといった言葉が綴られているのです
なんて素敵な妹なんでしょう
親孝行な娘ですよね
しかし、わたしはそれらの手紙を見てネガティブなエネルギーを感じました
エネルギーというか、彼女の必死感を感じてしまったのです
「わたしを見て!」
「わたしを愛して!」
「わたしっていい子でしょう?」
わたしが感じたことは、真実かどうかはわかりません
わたしの歪んだまなざしがそう見せているのかもしれませんし、単純に親の喜ぶ顔が見たいだとか、楽しくて描いたのかもしれません
ちなみにその1番下の妹は今年、「境界性パーソナリティ障害」と診断を受けています
彼女が中学生の頃から病的なネガティブさを感じていたので「やっぱりな」というのが本音でした
ここ最近まで家族と距離感を保っていたことや、妹に苦手意識があったので深入りをしていませんでした
自分のためにも妹のためにも、今、直接アプローチするつもりはありませんが、遠くから彼女に何か提案という前提で書いてみたいと思います
愛されたいって誰しもが思いますよね
わたしもいつも考えてます
「尾形上等兵に愛されたい」って♡♡
(それはここの話と関係ないだろ…)
『ゴールデンカムイ』第9話「煌めく」【視聴感想】│Hi.アニ! (hivicon.com)
愛されたいと思うなと言いたいわけではありません
信じているものが現実になるという考えを前提にすると、愛されたい(今は愛されていない)と思っているから、今愛されていないという現実が叶っているというのもありますが
愛されようと頑張るのをやめてみませんか、という提案です
「愛されたい」からと自分らしさの枠を超えて頑張っているうちは相手を愛していないということです
ちょっと昔話ですが、過去の恋愛でわたしは彼にとっての1番の女でありたくて必死でした
彼の胃袋を掴もうと毎日3食手の込んだ料理をして、苦手な家事もして、お金がかからない女ですアピールをして(笑)
一見、彼のために見えるかもしれませんが、彼はそんなことわたしに求めていないわけです
求めてもいないことに必死になっているということは、彼が見えていないんですよね
彼が自分を愛してくれるようにコントロールしようとしてしまっているわけです
こうすれば愛される、というビリーフ(観念)に支配されて、愛されるのを待っている状態なんです
そんなだから愛されないということに気づけず、悪循環で苦しくなるんです
「こうしてやったんだから愛してよね!」って言ってくる人愛せます??
「いやいや、そんなの頼んでねーよ」なんです
そうは思っていなくても、そのネガティブなエネルギーは相手に無意識に伝わってしまうんです
他者からの評価や好き嫌いから無頓着になってみる
それが出来た時、不思議と人に愛されるし、初めて自分を受け入れることが出来たと言えるのではないでしょうか
出たー!!自分を受け入れましょうっていう言葉!!ww
それが出来ないから困ってるんだよ!!!と思ったそこのあなた👌
続きは次回のお楽しみです
自分の役に立たないものを愛する時にはじめて、愛は開花する
エーリッヒ・フロムより